東京高等裁判所 昭和28年(う)220号 判決
被告人 粂和夫 外二名
〔抄 録〕
被告人三名の弁護人の控訴理由は、末尾に添附する控訴趣意書と題する書面に記載するとおりである。
ところで、原判示第二の脅迫の事実は、起訴状においては公務執行妨害罪の訴因をもつて指摘されてあつたこと、まことに所論のとおりである。訴因は裁判所を拘束し、訴因に含まれない事実を審判の対象として、これについて有罪の事実を認定することはできないこと、もとより云うを俣たないけれど、起訴状において指摘された事実と基本的事実関係において同一である限り、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずるおそれのない場合においては、訴因変更の手続を経ないでも、訴因と異る事実を認定して差支をないものと解していいのである。刑事訴訟法における実体形成の推移は、必ずこれを手続面に反映させなければならないとする思想を強調するあまり、訴因と異る事実を認定する場合には、常に訴因変更の手続を経なければならないというがごとき、更に又、訴因事実の認められない場合には常に無罪の言渡をしなければならないというがごとき見解はいずれも当裁判所のくみすることのできない所である。さて、原判示第二の脅迫の事実は、起訴状に記載した公務執行妨害の事実とその基本的事実関係において彼此同一であり、しかも、原判決のような認定をしたとて、被告人の防禦に実質的な不利益を生ずるおそれはないのであるから、原判決の措置には何等違法をもつて目すべき跡はないものといわなくてはならない。従つて、論旨第一点は理由がない。
註 本件起訴事実は、「被告人五名は昭和二十七年十一月二日午前零時半頃新潟市本町通十四番地三千五十四番地特殊料理店「銀波」こと上野トシイ方階下八畳茶の間に於て偶々新潟市警察署勤務司法巡査横山康平が、斎藤三郎から同人の右同女に対する暴行の事情を聴取し且つこれに対して説論していたのを認めるや先づ被告人昭次は同巡査に対しかねがね遺恨を抱いていたところから「お前からあげられたが今度仇をとつてやる」と申し向け次で被告人久栄門は「ロープを持つて来い吊し上げてやる」と暴言を吐き他の被告人等も之に同調して「この野郎仇をとつてやれ」「やつけてしまへ」等怒号して之に声援し因つて同巡査の身体に対しいまにも危害を加えんとの気勢を示して脅迫し以て同巡査の職務の執行を妨害し」というのである。なお原判決の認定した脅迫の事実は、被告人五名は同年十一月二日午前零時半頃前記「銀波」こと上野トシイ方階下八畳茶の間に於てたまたま新潟市警察署勤務司法巡査横山康平が右上野トシイの依頼により同人と同人の内縁の夫斎藤三郎との紛争につき右斎藤より同人が右上野に暴行をした顛末等をききとり説諭してゐるのを目撃するやかねて同巡査に対し遺恨を抱いていた被告人粂昭次は同巡査に対し「お前からあげられたから今度仇をとつてやる」と申し向け、他の被告人四名もこれに同調し或は同巡査の警棒の帯革を捉え或は「この野郎仇をとつてやれ」とか「やつつけてしまえ」などと怒号して声援し、因つて巡査の身体に対し危害を加えるような気勢を示して脅迫し」というのである。